きを示したが、心は、母に想ひを馳せてゐて、同じ言葉で、母の態度を斯う肯定したのである。さうかのう[#「さうかのう」に傍点]! といふ言葉は、矢張り彼の地方の農民が、思ひ設けないことを聞いて驚嘆しながら沁々と感心する場合に放つ肯定の言葉で、何処にもアクセントがなくのう[#「のう」に傍点]の余韻を非常に長く引きながら喉から胸へ流すのである。彼は、その通りに発音と身振りを摸して点頭いたのである。次郎達は、彼がいつまでもおどけた口調を用ひてゐるので、反つて冷汗を強ひられるやうに笑つた。
「次郎は、いつ帰るのよ、あしたか?」
「四五日、遊んで行かうかと思つてゐる。」
「早く帰れよ、えゝ、早く帰れよ、旅の帰りがけなどに寄り道をしてゐるなんといふことは好くないことだ。」
それ位ゐでも彼が修身的のことを云つたのは珍らしいことなので次郎は、彼が未だふざけてゐるのか? といふやうな顔をしてゐたが、幾度も彼は同じことを繰り反すので、終ひには妙に白けた笑ひを浮べてしまつた。
[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]
或る晩彼は、良介に、
「君の方も夏休みか?」と訊ねた。良介が来てからもう一ト月も過ぎた。
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