に、ぐつたりとして死んだやうに眠れるほど。酒で眠るのはもう飽きた。」
「運動ツて、何?」
「…………」
 水を吐き出す時は、傍で察する程苦しくはなく、たゞその勢ひに伴れて、肩を怒らせたり落したり、手首をひらひらさせたりするが、いよいよ水が枯れて、胃液がほとばしり出る時になると、まさしく格好だけは「七転八倒の苦しみ」であつた。彼は、
「ゲーーツ! ゲーーツ!」と、板のやうに胴体を平らにして、腸を絞つて喉を鳴した。
「ウツ、ウツ、ウ……あゝ、何といふ苦しいことだらう。」
 思はず彼は、そんな叫びを洩して、蛙のやうにぺつたりと五指を拡げ伸した手の平でピシヤ/\と縁側を叩いた。また、
「ウーーツ! ウーーツ!」と、今にも息が絶え入りさうなうめき声を発しながら、ぐらぐらする流しの両端に噛りついて、千仞の谷底をのぞく臆病者のやうに上体を前方にのめり出した。また、
「ギヤツ、ギヤツ、ギヤツ!」といふ風な声を出して、徐ろに胸を撫で降したりするのであつた。――そして、少し落ち着くと、どつかりと其処に胡坐して勢急な呼吸が静まるのを、静かに空を見あげて待つた。
 彼は、まだ飲酒が癖になつてゐるとは思はなかつ
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