た。だが彼は、己れの経験を歪んだ観察眼で、悉く卑下して一笑に附したがる程の悪癖を持つてゐた。
「晩酌と称する奴だけはやりたくないもんだね、あいつを始めたひにはもう爺いの部類に属してしまふんだからね。」などと彼は、変に若々しがつて、粗野な感傷に陥つたりしたこともあつた。
「もう始めたつて好い年輩だぜ、爺臭い親爺のくせに何時まで厭味たらしい……」
 あべこべに友達から皮肉を浴せられて彼は、ハツと顔を赧くすることがあつた。実際では、まつたくだらしのない飲酒家になり、あの様に見苦しい醜態を日々演じてゐるのだ、たゞ何れの点から見ても所謂酒客の性がないばかりであつた。
「未《ま》だ?」
 あまり彼が、ながく空を見あげて休息してゐると内から定つて促した。
「未だ。」と、彼は答へるのであつた。云ふまでもなく瞑想や感傷で空を見あげてゐるのではない、地におとすと折角静まつた胸が、またムカムカしてくる怖れがあるからなのだ。
 だが、これは病気と呼ぶほどのものではないだけに形ばかりが飽くまでも物々しいばかりで、そして、どうしても斯んなに仰山な格好をせずには居られないので、吾知らず七転八倒の振舞ひをした揚句、後
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