]三[#「三」は中見出し]

 洗面の流しの下が、ぬかるみになるので彼は、家主のところから鍬をかりて来て棄て水のハケ道をつくつてゐた。
「何アんだ、斯んなところか。」
 安堵して叫んだ時の溜息に似た声を背後に感じたので彼が腰を伸して振り反つて見ると、藤井の弟の良介が笑ひながら立つてゐた。藤井とは彼の故郷の古い友達である。
 彼は、嬉しさうに良介を眺めて、暫く会はなかつた友達が偶然出遇つた時に取り交す親し気な素振りを現した。そんな時には彼等は、割合にあたり前の口を利いた、それより他に手だてを知らないといふ風に――。良介と会つたのは二年越しだつた。
「休み?」
「この頃は、お盆の休みなんてありやアしないよ。」
 良介は、気拙さうに笑つた。良介は横浜で何某の店に務めてゐた。
「兄貴にこの間会つたよ。」
「さう。――」
「この頃ヲダハラへ帰るか?」
「さつぱり。――」
 それから一過間ばかり経つて彼の弟の中学三年生の次郎が、日本アルプス登山の帰りがけだと云つて、登山袋を背おひ、登山杖を曳いて来た。国分寺で、友達と別れて此方に立ち寄つたのだと云つた。
「兄さんとの約束なんて待つてゐたひには、つま
前へ 次へ
全30ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング