り行き損ふといふことなんだからね。」
「さう、さう、そんな約束もしたことがあつたつけね。」と、彼女は云つた。
「五六年も前から……」
 次郎は、袋の中から絵葉書などを取り出して僅かな見聞を披瀝した。
 彼は、そんな話よりも、宿屋に泊る場合には、どんな風にして入つて行くのか? いきなりツカツカと入つて行つて物をも云はずに玄関に突ツ立てば、それでもう泊り客といふことは通ずるのか? そんな風にしても向方でウロンな顔つきをしはしまいか? 泊り方には上等・下等といふ風な区別があるのか? 若しも下等に泊ると間の悪い思ひをするんぢやないか、いくら学生でも二三人伴れでは? 宿料はどんな風にして支払つたのか? 友達同志だと反つて各々の勘定をいちいち各々で支払ふのは変に具合が悪いだらう? 誰かゞ纏めて支払つて後から当人に返済するやうにしたのか? それも何だかお互ひにキマリが悪いだらう? それともお前達はそんなことは平気なのか? 宿屋に着いて飯を食つてしまふと直ぐに寝てしまふのか? ではどんな話を主にするのか? 女中に用事を命ずる場合だつて吾家のそれとは余程要領が違ふだらう? お前なんかでもテイツプをやつた
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