ゐた。でも土地の中学に入つた初めは、家人にかくれて時々海へ出かけた。一年生時分には、普通より体が小さくて心もそれに順当してゐたから、渚だけで勇ましく砂遊びをしたり、手足を底につけて泳ぎの真似をしてゐるだけでも相当に愉快で、恥も覚えなかつたのであるが、翌年になるともう誘はれても行く気がしなくなつた。友達は、忽ちのうちに上達して、俺はもう汽船の着く処までは平気で往復出来るやうになつた、などゝ楽し気に語り合つては、秘かに彼を憂鬱にさせた。誘はれると彼は、今日は頭が痛いとか、用事があるからとかとあらぬ口実を造つて断つた。毎年夏になると、学校では水泳練習団を組織して遠方の危険のない海辺に合宿する定めがあつた。彼は、毎年それに加つて出かけたが、いつも途中で、合宿生活が厭になつたり、あまり熱心な練習生達に反感を持つたりして、一週間も我慢せずに帰宅して了ふのであつた。帰れば、吾家はやはり海辺にあるのだ。そして友達は、皆な海辺の選手で、遊び仲間などは一人もなくて彼は、因循に夏を過すのが常だつた。彼は、口惜しさのあまり座敷に転がつて、教則本を頼りに水泳の練習をしたり、庭先きの小さな池にタラヒを浮べて憧れを
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