見するかも知れない、俺は、しさいな研究をして見たいんだから――」
「馬鹿にしてゐらア!」
 Nは、生意気な中学生らしくして歯切れよく笑つた。――「清々としたんなら、早く御飯を済してしまひなさいよ。」
 彼は、徐ろに胸を拡げて深呼吸をした。
 Nは、さつきから彼の傍に腰を降ろして、その洗面の終るのを待つてゐたのだ。
「何分位ゐそれをやらないと落ち着かないのさ?」と、Nは、何となくワザとらしく見えてならない彼の深呼吸を懸念した。
「さうだなア? どうしても二十分位ゐは続けなければなるまい。」
 深呼吸などは、滅多に行つたことはないにもかゝはらず彼は、そんなことを云つた。
「あゝ、面倒臭いなア!」
 Nは、さう云つて口笛を吹きながら、爪先きで地面を蹴つてゐた。彼は、
 深呼吸といふやつは、これア仲々具合が好さゝうだな、これから毎朝行つてやらうかな! などゝ思ひながら、空を仰いで深重にフーフーと呼吸してゐた。
「今日こそは、泳ぎに行つて見ようね。僕は、そのつもりなんだぜ……あゝ、猛烈に暑くなつてきたぞ。」
「いざとなると俺は、厭になるんでね。」
「運動しないと毒だぜ。」
「生意気なことを云ふねえ。」
 彼は、さう云つてNの首たまを握つた。Nは、一寸赧くなつて舌を出した。彼は、手持ちぶさたを紛らすためにNの喉をギユツと絞めたりした。Nは、彼の腕を頤でおしかへしながら、
「割合に力があるね。」と云つた。
「そりやアあるともさ――ボキシングが如何《どう》だ斯うだなんて講釈するが、俺だつてNなんてには負けやしないぞ。」
「チエツ……」と、Nは笑つて相手にしなかつた。そして、Nは、突然、更に別な調子の笑ひ声を新しく挙げて、
「アツ! とう/\チエツ! と云つてしまつた。しまつたな。」
「アツと、俺もうつかりしてゐた。」などゝ彼は叫んだ。そして、二人はさもさも可笑しさうに声を合せてゲラゲラと笑つた。
「未だなの?」
 内から彼の細君が、声をかけた。「もう十一時になるわよ。」
「ぢや僕も一処に飯を食はう。僕は、もうお午だ。――そして、ほんとうに今日こそは、直ぐに泳ぎに行かうよ。」
「あんな溜り水みたいなところで泳ぐのは僕は、実は御免なんだよ。」
「また、負け惜しみが始まつた。」
「ほんたうよ。」と、細君もNに合せて、Nとはまつたく別な立場で憎くさうに云つた。「溜り水だ、なんて偉さうなこと
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