。周子は横を向いて、聞いてゐるわけではなかつた。
「何云つてゐやがるんだい。」と私は呟いた。
「だんだん阿父さんに似て来る!」
「似ようと似まいと俺の知つたことぢやない。」
「もう止して下さいよ。」
周子は、疳癪の舌を鳴らした。
「無心の運動には、爽やかな天地のリズムが自づと含まれてゐるんだ。」
「チエツ!」と周子は云つたが、また厄介なことにでもなるといけないと思つたらしく、気を取り直して、
「毎日好いお天気なのだから、稀にはヒデヲを伴れて公園の方へ散歩にでも出掛けたら……」
「…………」
「一日に一度位ゐは伴れてつてやらなければ可哀想ぢやないの! 此頃は一寸も眼が離されないのよ、直ぐに外へ出掛けて……」
「伴れてつてやるものがないから出掛けるんぢやない、三つにもなれば往来へ出て遊ぶのは当り前だ。」
「危いわよ。」
「…………」
「でも、此頃あなたの名前を覚えてよ。」
「ほう!」と私は、うつかり好奇の眼を輝やかせた。すると周子は得意になつて、Hを呼び寄せて、
「ヒデヲちやんのお父さんの名は?」と、訊ねた。
「タキ・チンイチ。」Hははつきりと云つた。
「ね!」と周子が私の方を振り向いた
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