遠慮した。
「イチ、ニイ、シヤン、五、八――」
「五、八ぢやありませんよ、四五六七八、もう一遍やつて御覧な。」
 周子は、妙に取り済してHにそんなことを教へた。私は、擽つたい寂しさを感じた。そして私も気取つた口調で、
「子供といふものはね。」と云つた。だが巧く言葉が続かなかつた。――「間違ひだつて何だつて好いんだよ。教へたりなんて、するねえー」
「教へたつて好いわよ。体操はあなたが教へたんでせう。」
 私の野蛮な口調にムツとした周子は、それでも赧くなつて返答した。教へる[#「教へる」に傍点]と角をたてゝ云はれたのが、口惜しさうだつた。
「俺は教へやしない。俺は一人でやつたんだ。ヒデヲはそれを真似したんだ。」
 私は、もういくらか酒に酔つてゐた。父母の愚かな争ひなどには頓着なくHは、切りに運動を続けてゐた。
「決して教へることは止めて貰はう。」私は意固地に喋りつゞけた。「教へないでも覚えるだけのことは覚えるだらう、覚えなければ覚えないだつて好いぢやないか。覚えようと、覚えまいと……だ。」
 私は、舌が廻らなくなつた。同じ文句ばかり循環小数のやうに繰り返してゐる自分の馬鹿さ加減に肚がたつた
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