談ぢやありませんよ。」
「関はないんだよ。」
「ヒデヲちやんの名前は、タキ・ヒデヲツ!」とHが云つた。
「おゝ、さうだ/\。」と私は、大きく点頭いた時、涙のやうなものをのみ込んだ。
「お父ちやん、タキ・チンイチ。」
「おゝ、さうだ/\。」
 私は同じやうに点頭いたのである。
「気の変り易い人だこと……」
 さう云つて周子は、寂しさうに笑つた。
「あ、御免だ/\。ヒデヲ御免よ。」
「何をつまらないこと云つてゐるんですよ、何となくあなたは、此頃爺臭くなつたわね、お酒の飲みツ振りが――」
「うむ、たしかにさうだ。……何しろ喪中だからね、……何も出来ないんだ。うつかり新聞も読めやしない、斯ういふ時は気にし始めると、何でも気になるものだ。」
「あまり気にする質でもないのに……だけど夜遅く酔つて帰るのはお止めなさいね。」
「止める、止める。――」
 さう云つた時、私は身の縮んで行く思ひさへした。
「どんなことをあなたが小説に書いたんだか知りませんが、この間見たいな厭なことさへあるんですからね。」
 私は四五日前突然警察に呼ばれた。滝野信一が飯坂といふ温泉に滞留して、暴飲の揚句滞在費を支払はずに逃走
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