たのである。周子は得意になつて、繰り返し/\熱心に同じことを口吟んだ。
「おゝ、うまい/\、ヒデヲは悧巧だな。」
 少し真似られる毎に、私は仰山にHを称讚した。「十七バンチまで云へれば大したものだ。」
「ぢや今度は、お父さんの名前?」
「タキ・チンイチ。」
「さうぢやありませんよ。タキノ・シンイチと云つて御覧。」
 周子は、取り済してこれも何遍も何遍も繰り返した。だが、一遍さう覚えた為か、それとも全く舌が廻らないのか、Hには如何してもさう[#「さう」に傍点]より他に云へなかつた。
 その晩は、椅子テーブルは廃止にして、私は畳の上に胡坐をかいてゐた。そしてにやにやと笑ひながら、母と子の対話を眺めて盃を乾してゐた。
「タキノ・シンイチ。」
「タキ・チンイチ。」とHは続けた。
 私は、すつかり酔つた口調になつてゐた。そして鷹揚に手を振りながら、
「いや、もう好い/\。もう大丈夫だ。――シンイチだつてチンイチだつて、何だつて関ふものか。」などゝ云つた。
「いけませんよ、ついでの時に、しつかりと直しておきませう。」
「いや、もうそれは好くない。気の毒だ。何だつて関ふものか。ハツハツハ……」
「戯
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