三崎に借りてある自分の部屋に、飛べる日まで飼つて置かうとおもつた。わたしは微かな亢奮を覺えてゐた。やはり、いつもひとりの部屋といふものは、好きこのんで心がらとはいふものゝ、とりとめもないものであり、傷ついた鳥に宿を與へるのかとおもふと、餘程嬉しくやがて、この鳥が翼も癒えて、獨酌家の窓から飛び立つて行つた後のことまでが想像された。――油壺の水族館へ赴くと、わたしはいつも二尺四方ぐらゐの小さな水槽のなかで、わたしの小指ほどに、あんなに小さいくせに、フイゴの筒のやうに憂欝さうに口を突《とが》らせ、くるりと尻尾を卷いて偉さうに、海藻の間を浮いたり沈んだりしてゐる、何だかそれにしても餘り姿が小さくてお氣の毒な樣な、あの奇天烈な|海ノ馬《タツノオトシゴ》と睨めくらべをするのが習ひであつたが、いまから既にこの鳥が飛び去つて行く後をおもふと、四角の部屋のひとりの自分の顏つきが、見る間に“Sea horse”のやうに偉さうになつて來さうだつた。雛鳥の皷動はわたしの胸にチクタクと鳴り、島の眞晝は底拔けの靜寂さに、明る過ぎるひかりばかりがさんさんたる雨であつた。



「大層なものを獲つたね。生きてゐるぢや
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