のわくわくするやうな孤獨の壯絶感を覺えるのであつた。そんな寂しさから、獨歩作「酒中日記」の主人公の名前を思ひ浮べたものらしい。
 その岩の、わたしの足もとの水は二間ぐらゐの幅で磯の中に深く流れこんでゐる入江であつた。向ふ側の水際に小さな鴎が一羽やすんでゐたが、さつきからわたしはゆうべのことなどをおもひ出して、あゝツ/\!と大きな溜息を放つたり、鴉のやうなわらひ聲を擧げて、石など水の上に投げたのに鴎は一向に動ずる氣色もなく、凝つとまどろんでゐるのであつた。
 どうしたのか知ら――とわたしはいぶかつて、膝までもない水を渉つて行つた。澄みとほつた水はゆたかに温むで、蹠に感じる岩肌が温泉の底のやうであつた。――腕を伸して抱きあげたが、鳥は眼を閉ぢて、驚く樣子もなく、わたしのふところに移つた。大方、夕暮時の燈台のひかりに狂ひ來つて、火窓に衝突し、翼の關節を挫いたに相違ない――とわたしは憐れむで、靜かに翼の工合を驗べると、右の翼だけは扇のやうに一杯にひろげて、わたしの胸や顏をたゝいたが、一方の翼は震へるばかりで開かなかつた。水に浮べて見ると、まつすぐに浮いたが、走らうともしなかつた。
 わたしは、
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