酒屋で、波のひゞきに聽き惚れ、燈台のまたたきにうつゝを拔かしてゐるうちに、不圖時刻を知つて、やけ[#「やけ」に傍点]の唸り聲を發するのが屡々だつた。
雨は降ることもなく、壘々たる磯の起伏に、たゞ見る一面なるひかりがあふれて、風來の壯子《わたし》のふかす莨の煙りが、ゆらゆらとして陽炎と見えるばかりであつた。わたしは、水際の岩の日溜りに仰向けとなつて、ぷんぷんとする島酒の宿醉を醒したがつて、空ばかりを仰いでゐると、いまにも風船のやうにふわふわと浮びあがりさうな長閑な天と湯氣のやうな陽炎を身のまはりに深々と感ずるのであつた。
ゆうべ、島の李太白《よつぱらひ》が――一體、お前は何處から現れた何といふ男だ?と訊ね、わたしは單なる病氣の靜養者だと答へると大層酒を飮む、變てこな病人だ、お前がそれで病人なら俺だつて大病人だ、と疑つて、あはゝとわらつた。わたしは何んな場合にも、嘘や酒落[#「酒落」はママ]はいへぬたちであるが、今度訊ねられたら、俺は大河今藏といふのだ――とでもしやれたいやうな、どんな類ひのものであらうと島におくる夜といふものを全く知らないわたしは、何か芝居泌みたやうな、そして胸
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