一人の友達もなかつた。碌々学校へも通はず、多く下宿の二階に転々《ごろ/\》して暮しながら休暇を待ち構へて帰るのだつた。
 夜になつてから純吉は、清一を誘つて酒を飲みに出かけようかと思つたが、口先だけの遊蕩児である身の程を顧みて、うつかりするとそんな処で清一に出し抜かれる怖れを慮つたから、到頭終ひまで、出かけようとは口に出さなかつた。
「一二年前の方が面白かつたね。」
 清一がさういつたのは、みつ子が居た頃といふ意味だつた。
「そんなこともないさ。思ひ出すといふ感傷は、何に依らず愉快に思はれるものだがね、さういつて、現在と過去とを思ひ比べてゐることは愚かなことだ。」純吉はいかにも自分は理性の勝つた者であるといふ風に、そして現在だつて面白いことがあるといふ意味を仄かに知らせるつもりだつた。清一は純吉に好意を示すつもりで云つたのだ。それを純吉が邪まに解釈したのでイヽ加減な笑ひでその場を紛らせた。……さうはいつたものゝ純吉の心は極めてもろい感傷に陥つて、切《しき》りにうとうとと過ぎた日の追想に耽つてゐた。
「そりやアさうだね。」清一はきまり悪さうに呟いた。
「だが……」純吉は云ひかけて息の塞《
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