思議な光景に出遭つた。
「私は今朝未明に起きて、わざわざS町まで馬を飛ばせて漸くの思ひで、この花束を買つて来たのでした。その由を伝へて、是非とも遠来のタルニシア姫へ……」
「僕はあの業慾な地主の温室に忍び込んで、この花束をつくつて来たのだ。地主の倅は村一番の見事な花輪を造つてチルさんの御気嫌をとる目ろみだつたところが、花泥棒に出し抜かれたのを今朝気がついて卒倒したさうだ。僕は今夜にでもあの倅と森の奥へ行く(決闘の意)だらう。――命のこもつたこの花束を、今のうちに、どうぞ……」
「……私は昨夜、一睡も眠れず……」
「……今はもう何うすることも出来ない恋の矢に射抜かれて……」
「あの娘が息ついた空気をおれは追かけて、昨夜は娘の部屋の窓下で……」
私は、叫喚にとりまかれて身動きもならなかつた。私は恰で蛍のやうに眼となく鼻となく花束で叩かれて息苦しく咽びながら、
「まあ、まつてくれ、諸君、それでは到底諸君の意志を悉く彼女に伝へるほどの予猶が見出せないではないか。――それよりも何故諸君は勇敢に、直接彼女にそれらのものを手渡さうとはしないのだ?」
と威厳のこもつた音声で唸つた。
「うるさ過ぎる
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