中につけて、口笛を吹きながら先へ立つた。
猫柳の枝がスイ/\と伸びてゐる池の汀に坐をこしらへて彼女等はならんで釣糸を垂れた。――私は、その傍らに焚き火をしながら二三日で東京に帰らなければなるまい――などゝ思つてゐた。
丘の向ひ側を走る汽車の汽笛の音が時折かすかにひゞいた。――午までにチル子が五尾、妻が七尾の小鮒を釣りあげた。私達は、これらを生したまゝ持ち帰つて泉水に放すつもりだつた。
「おーい、おーい。」
池の向ひ側の堤で、三輪馬車をとめて手をあげてゐる人があるので、注意して見ると、馬蹄鍛冶屋の若者のRであつた。私は、少々退屈をしてゐたところだつたので向ふ側に駈けて行き、
「何うしたの――おれ達を迎へに来て呉たのなら何故こんな処に車を止めてゐるのさ?」と訊ねた。
「それは……その……」
Rは、吃音でつぶやいた。そして、シートの中から赤いリボンで結んだ白ハチスの花束をとり出して、
「チルさんにこれを上げてくれませんか……万一日本語でない言葉で話しかけられたら堪まらない――と懸念して、こんな所に車を止めたんだが……あゝ、それよりも私は勝つた。未だ花束をとゞけた者は一人もないだらう。
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