それはもうチル子さんが生れぬ時分からの家同志のお友達で、チル子さんの姉さんのフロラさんと、この――」
と私を指して、
「この人とは婚約の話まで起つたことがある程の……」
などゝ云ひかけたので私は慌てゝ、
「おい/\、過去の話はやめておくれよ。」
と軽く妻の言葉をさへぎつた。
妻は、キヨに、チル子はこのごろ、私が書いたこの村での私達の原始生活に就ての幾つかの小説を読んだら、是非自ら村を訪れて見たいといふことになつたので、わざ/\さそつて来たのである。そして先づ、あれらの原始生活でのかゞやかしいヒロインであるロータスの姫君に紹介する所以である――などゝいふ意味のことを伝へた。
そしてチル子が好奇にみちた腕を差伸ばして、熱意のこもつた握手を求めると、キヨは真ツ赤になつて、
「まあ、あたしうれしいわ。」
といつた。窓下の野菜畑のふちに立ちならんでゐる梅が満開であつた。
二
鮒釣りに行かう――と私の妻が曇り空を眺めていひ出した。チル子も即坐に賛成した。
私は釣りは不得意であつたが、森を越えた丘の向ひ側の沼地へ婦人同志を向はせるわけにも行かなかつたので、弁当包の袋を背
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