雲のやうな見物の群が合の手を合唱する大乱痴気に浮されて、吾も吾もと踊手の数を増すばかりで、終ひには円陣までもが身動きもならぬ程に立込み、大半の者は足踏のままに浮れ呆け、踊り痴けてゐた。――そのうちに向方の社殿のあたりから、妙に不調和な笑ひ声とも鬨の声ともつかぬどよめきが起つて、突然二十人ちかい一団がわツと風を巻いて、森を突き走り出た。でも、踊の方は全くそつちの事件には素知らぬ気色で相変らず浮れつゞけ見物の者も亦、誰ひとり眼も呉れようともせず、知つて空呆けてゐる風だつた。弥次馬の追ふ隙もなさゝうな、全く疾風迅雷の早業で、誰しも事の次第を見届けた者もあるまいが、それにしても、群集の気合ひが余りにも馬耳東風なのが寧ろ私は奇体だつた。
「一体、今のあれは何の騒動なんだらう。喧嘩にしては何うもをかしいが……」と私は首を傾げた。すると誰やらが小声で、
「万豊が担がれたんだよ。」といとも不思議なさ気にさゝやいた。
朧月夜であつた。あの一団が向方の街道を巨大な猪のやうな物凄さでまつしぐらに駈出してゆくのが窺はれた。誰ひとりそつちを振向いてゐる者さへなかつたが、私の好奇心は一層深まつたので、兎も角正体
前へ
次へ
全30ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング