それはさうと、その頃私の身には飛んだ災難が降りかゝらうとしてゐるらしいあたりの雲行であつた。
「今度、踊りの晩に、担がれる奴は、おそらく彼の酒倉の居候だらう。」
「畢竟するに、野郎の順番だな。」
 私を目指して、この怖るべき風評が屡々明らさまの声と化して私の耳を打つに至つてゐた。あの戦慄すべきリンチは、季が熟したとなれば祭りの晩を待たずとも、闇に乗じて寝首を掻れる騒ぎも珍らしくはない。私たちが此処に来た春以来からでさへも、三度も決行されてゐる。
 現に私も目撃した。花見の折からで「サクラ音頭」なる囃子が隆盛を極めてゐた。夜毎夜毎、鎮守の森からは、陽気な歌や素晴しい囃子の響が鳴り渡つて、村人は夜の更るのも忘れた。あまり面白さうなので私も折々遅ればせに出かけては石灯籠の台に登つたりして、七重八重の見物人の上から凝つと円舞者連の姿を視守つてゐた。円陣の中央には櫓がしつらはれ、はじめて運び込まれたといふ、拡声機からはレコードの音頭歌が鳴りも止まずに繰返されて梢から梢へこだました。それといつしよに櫓の上に陣取つてゐるお囃子連の笛、太鼓、擂鐘、拍子木が節面白く調子を合せると、それツとばかりに
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