御面師がそつと私に囁いた。
「そんなことかも知れないよ。」と私は上の空で答へた。それより私は、好くも斯う憎態な連中だけが寄集つて自惚事を喋舌り合つてゐるものだ。斯んなところにあの一団が踏み込んだらそれこそ一網打尽の素晴しさで後くされがなくなるだらうに――などゝ思つて、彼等の様子ばかりを視守ることに飽きなかつた。その時スツポンが私達の囁きを気にして、え? え? え? と首を伸し、御面帥の顔色で何かを察すると「まあ/\お前方もゆつくり飲んでおいでよ。うつかり夜歩きは危ねえから、引上る時には俺達と同道で面でもかむつて……」
「あははは。ためしにそのまゝ帰つて見るのも好からうぜ。」と法螺忠は笑ひ、私と御面師の顔を等分に凝つと睨めてゐた。私は何気なくその視線を脱して、スツポンの後ろに掛つてゐる柱鏡を見てゐると、間もなく背後から水を浴びるやうな冷たさを覚えて、そのまゝそこに凝固してしまひさうだつた。鏡の中に映つてゐる自分の姿は、折角人がはなしかけても憤つとして、自分ひとりが正義的なことでも考へてゐるとでもいふ風なカラス天狗沁みた独り好がり気な顔で、ぼつと前を視詰めてゐた。顔の輪廊が下つぼみに小さい
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