に限つたはなしではないのだ、などゝ頷かれた。いつかの万豊のやうに、スツポンや法螺忠が担ぎ出されて、死者狂ひで喚き立てる光景を眺めたら、何んなにおもしろいことだらう、親切ごかしや障子の穴の猿共がぽんぽんと手玉にとられて宙に跳上るところを見たら、さぞかし胸のすくおもひがするだらう――私は、彼等の話題などには耳もかさず、ひたすらそんな馬鹿/\しい空想に耽つてゐるのみだつた。
「……俺アもうちやんとこの眼で、この耳で、繁や倉が俺たちの悪い噂を振りまいてゐるところを見聞してゐるんだ。」
「ほゝう、それあまたほんとうのことかね。」
「奴等の尻おしが籔塚の小貫林八だつてことの種まであがつてゐるんだぜ。」
「林八を担がせる手に出れば有無はないんだがな。」
 彼等は口を突出し、驚いたり、歯噛みしたりして画策に夢中だつた。――稀に飲まされた酒なので、好い加減に酔つて来さうだと思はれるのに一向私は白々としてゐるのみで、頭の中にはあの壮烈な騒ぎの記憶が次々と花々しく蘇つてゐるばかりだつた。
「何うでせうね。代金のことは切り出すわけにはゆかないもんでせうかな。まさか振舞酒で差引かうつて肚ぢやないでせうね。」
 
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