子だけは如何にも胆に命じて驚いたといふ恰好だが、本心は何んなことにも驚いてはゐない如く、眼先はあらぬ方をきよとんと眺めてゐるのだ。多分彼は、真実の驚きといふ感情は経験したためしは無いのではなからうか。――頤骨がぎつくりと肘のやうに突き出て、色艶は塗物のやうな滑らか気な艶に富み、濃褐色であつた。額が木魚のやうなふくらみをもつて張出し、耳は正面からでも指摘も能はぬほどピツタリと後頭部へ吸ひつき、首の太さに比較して顔全体が小さく四角張つて、何処でもがコンコンと堅い音を立てさうだつた。また首の具合が如何にも亀の如くに、伸したり縮めたりする動作に適して長くぬらくらとして、喉の中央には深い横皺が幾筋も彫まれてゐた。え? え? え? と横顔を伸して来る時に、不図間ぢかに見ると眉毛も睫毛も生えてゐないやうだつた。
 無論彼等が村人に狙はれるのは、さまざまな所業の不誠実さからだつたが、私は他の凡ゆる人々の姿を思ひ浮べても、彼等程その身振風態までが、担がれるのに適当なものを見出せなかつた。彼等の所行の善悪は二の次にして、たゞ漫然と彼等に接したゞけで、最早充分な反感と憎しみを覚えさせられるのは、何も私ひとり
前へ 次へ
全30ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング