き、馬つき、そして田畑つきのこの屋敷を、又売りにしたら幾ら儲かることだらうとでもいふ魂胆か。」
「どうだい、あの山高帽子をアミダに被つて頬つぺを突つぷくらせてゐる憎たらしい面つきと云つたら……」
「狒々親爺奴が! あいつが近頃、八郎丸のお妙坊を手込めにしようとたくらんで……」
と聞きかけた時私の口腔からは、えんえんたる焔が吐き出たと思はれた。
私は、納屋の天窓の細引きを力任せにグイと引いた。――青空が、赫つと私の頭上に展けた。陽《ひか》りの円筒が颯つと私の体を覆ふた時、私は、
「何だと――あの畜生奴が、お妙、お妙、お妙……俺の一番仲の善い、貧棒な漁師の八郎丸――あの善良な八郎丸の妹の……」
と叫びながら、夢中で綱をよぢ登りはじめてゐた。(私は、はじめ、たゞこの薄暗い部屋の中で、息苦しい孤独の演技に耽りながら、あはよくば、声だけ立てゝ、屋上のキクロウプスを驚ろかせてやらう――位ゐのつもりだつたのに!)
無我夢中となつた私は、あられもない鎧のいでたちで、まぶしく陽りの満ち溢れてゐる屋上の、白日の中に踊り出てしまつた。
鬼瓦の棟に烏のやうに腰を据ゑて、石ならべの仕事に耽つてゐた二人
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