うせ音無さんに雇はれた人足同様……」
「あつはつ……何てまあ好い天気が続くことだらう。こんな空にも、やがてはあんな怖ろしい竜巻が起るなどゝは考へられもしないぢやないか。」
「去年の冬だつたな。竜巻に飛ばされた仁王門のおさへ[#「おさへ」に傍点]石が、音無の牡馬を殺したのは――」
「さう/\――馬でなくつて、一層のこと彼処の亭主の頭にでも落ちたら好かつたのに! なんて云ふ噂が立つたがな。」
「一体、あの亭主の慾の深さは底なしだといふ話ぢやないか。」
「考へて見れば下の先生も気の毒なものさ、音無の親爺が、とうの昔に手を回して書き換へから登記までも済ませてゐるといふのも知らないで、屋敷の売れるのを待つてゐるなんて、阿呆にも程があるといふものだ。」
 屋根から響いて来る高らかな会話が、屋根裏の納屋で鉾を構へて立ちあがらうとしてゐるセラピス信者の耳に聞えた。
「おい/\、声が高いぞ――噂をすれば影とやら――とは、まつたくだよ。音無の慾深が、河堤の上から此方を見あげてゐるぜ。」
「ちよつ、俺達にばかり働かせやがつて手前えは、あんな懐ろ手で……おや/\、指折りをして何か勘定をしてゐる態だよ――土蔵つ
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