面を照らされてゐるのを発見すると、思はずその下に膝を突いて胸先に厳かな感謝の十字を切つた。
(私の妻は、都の空で私がこれらの家屋敷を売却して獲得するであらう金袋を引つさげて訪れるのを待ち焦れてゐた。このだゞつ広いがらん洞には私の他に同居の者はRとZの二人の若い伯楽だつたが、彼等は近頃急に酒嫌ひになつた私に遠慮して斯様な場所で密かな酒盛を開いてゐたと見えるが、この時は私はそんな推察を回らせたわけではない。)
 二本の酒壜は悉く空虚であつたが、残りの一本を怖る/\ゆすつて見ると、重い液体の揺れる手応へがあつたので――アンドリウは両膝を床に突くと、セラピス教義の儀礼にもとづいて両の掌を胸の上に重ねたまゝ、ヘレナが傾ける銀のジーランドからネクタアの雫を喉に享けた……。
 ――と物語にある、そのまゝの意気で私は、ヘレナのそれに仮想した片手を伸して、素朴な型の貧棒徳利を執りあげると、高く宙に傾けて、こん/\とその滴りを貪つた。
「他人の手に渡るときまつたら、屋根おさへ[#「おさへ」に傍点]にも出ないなんて、あの先生の御了見のほども仲々どうもおそれ入つたものぢやないか。」
「云ふなよ。こちとらは、ど
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