長剣の十字を切つて飾りとなし、身には銀紙を貼つた手製の鎧をつけて、燭灯の光りを頼りに、想ひをいとも「花やかなる武士道」の世界に馳せつゞけてゐた破産者であつた。
 屋根に人の脚音を聞いて、思はず顔を挙げた私は、震へ声で
「現れたな!」
 と唸ると、素早く壁から剣を執り降して、屹と天井を睨めた。最早私は、アンドリウの心を、そのまゝ心として全身の血潮を逆上させてゐたから、即座にネクタアを求めて、|一つ目入道《キクロウプス》の正体を見とゞけてしまはずには居られなかつた。
「ヘレナ――ヘレナ――イオラスの島から、ゼブラの風に乗つて到着した御身の従順なる下僕アンドリウが……」
 勿論応へる声のあらう筈もなかつたが、あちこちの扉の隙間から洩れる陽の箭が縦横に薄闇の部屋うちを走つて、翼のある斑馬が私の傍らに侍してゐると見え、また陽《ひかり》の道がさへぎられて濛ツと煙りが巻いてゐる見たいな廊下の行手には、燭台を翳しておづ/\と私をさしまねいてゐるヘレナの幻が揺曳してゐるのであつた。私は、宙を踏む心地で一条の光りを頼つて、屋根裏の納屋に忍んで行くと、三本の酒徳利が卓子の上で天井裏から洩れる可細い逆光線に半
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