つか月は深い雲の底にかくれて、鈍い光りを投げてゐるだけであつた。
 私は、今度こそは、夢や幻でなく、眼のあたりに河口の彼方から砂を巻いた突風が吹きあげて来るのを悟つた。脚もとの川の流れが、逆風に煽られて河下から吹き上げられた空の小舟を翻弄してゐる態が、窺はれた。砂と水煙りの雨が突然私の上に閃光を交へて覆ひかゝつて来た。――空を見あげると、木の葉にからんで指摘することも出来ない無数の片々が、村一帯を擂鉢の底にして吹きあげた見るも巨大な竜巻に煽られて、空一面を狂ひ廻つてゐた。
「あれだけの米俵を載せたとなれば、千貫匁の重石だ。大丈夫/\、あれで飛んだとなれば竜巻村の全滅の日だ。」
「大将、気を鎮めて下さい。さすがの吹雪男も仁王門の椽の下は、嗅ぎ出せぬといふものだよ。――八郎丸を根こそぎ巻きあげて、いよ/\明日はお妙を……」
「お妙を伴れ出して――」
 さう云ふ慰めの声援に担がれた音無は、
「俺の帯を離すな。」――「離すと俺は、大枚を持つたまゝ飛んでしまふぞ!」
 などと叫びながら、一同にしつかりと手どり脚どりされて、駈ける馬に乗つたよりも速やかに突風を衝いて、私の眼の先をかすめ去つた。奴の
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