手脚が、私も無数の経験を持つ身であつたから瞥見したゞけでもそれと感知出来るのであるが、病の発作が頂点に達してゐると見えて、亀の子のそれのやうに震へて切りと虚空に悶へてゐた。それよりも私は自身の発作を恐れて、夢中で葛籠を降すと、あたふたと鉄兜で頭上を圧へ、紙屑のやうに吹き飛んでしまひさうな五体を、深々と鎧の袖で覆ひ鎮めた。――鎧だけにしては重過ぎると思つてゐたら、葛籠の中には酒徳利やオルゴウルや金袋等が詰つてゐた。私は、大切な書籍をその上に詰めて、再びどつしりと鎧を背中に背負ふと、いつにも覚えたことのない不思議な自信を感じて、ぬつと、葦の繁みの中から大嵐の中へ立ちあがつた。真に、吹雪の精と化した魔力に打たれた。
 私は、槍をどうと地に突き、毛靴の脚どりに豪胆な留意を注ぎ、進路を、面あての口腔《くち》から仁王門の森に定めて、きらびやかな突風に逆つた。――吹雪を怖れる伝統の血を持たぬのに、どうして私はあんな病気に罹つたのか? と兼々疑つてゐたが、この時初めて私はその原因に思ひあたつた。それは、単に私が、稀大の業慾者であつたといふことに気づいたのである。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩
前へ 次へ
全34ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング