米俵の蔭にもぐつて葛籠の重みに命を托す思ひでガタ/\と震へてゐると、やがて音無は綱にぶらさがつて、屋上へ出ようとするのであつたが、あまりの亢奮の為に大振子と化して止め難くあちこちの壁に激しく肉体を打ちつけてゐるのみであつた。
私は、その隙に持てるだけの書物を拾ひあげると、騒ぎをそつとその部屋に残したまゝ梯子づたひで川の端へ忍び出た。そして稍々暫く葦の影で息を殺して見ると、いつの間にか竜巻は綺麗に凪いでゐた。
「ともかく、斯んな怖ろしい村には一刻も止ることは出来ない。」
私は震へる脚に鞭打つて、物蔭をつたひながら河下へ路を求めた。月の光が水のやうに流れてゐた。――私は、自身の影を見出すことが怖ろしかつた。影が、「吹雪男」の姿で私の眼に映るであらうことを想ふと、気絶しさうであつたから私は月の在所を行手の丘の上に突き止めて、河添ひに葦をわけて進んだ。白い光りを、まともに享けると私の五体は透明白膏《セレナイト》となつて、光りも空気も素透しに流れて行つたが、私は、杖をたよりに、背中の葛籠の重味にわづかばかりの生心地をつなぎながら、
「これさへ背負つてゐれば、疾風に見舞はれても、吹き飛されずに
前へ
次へ
全34ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング