想とばかり戦つてゐる私は、今更のやうに身に力がなく、酔つ払ひのやうに脚がフラフラするのが情けなかつた。然し私は、杖を頼りに、葛籠を背負つた舌切雀の悪党爺のやうに表情を歪めて、よた/\と屋根裏の納屋へ向つて行つた。手探りで廊下を曲り曲つて、漸く梯子段のあたりに来ると、納屋の扉から灯火が洩れてゐるのが仰がれた。そして争ひの声が聞えた。
「飲んで置いて、飲まないとは好くも云へた図々しさだ。」
「俺の云ふことを盗むな。泥棒奴!」
「意地きたなしの盗み飲み野郎!」
「打つ気か!」
「打つとも――」
RとZが徳利を間にして、鼻を突き合せ、眦を裂いてゐた。
(デーモンス・ネクタアだ。夢ではなかつたのだ――俺は、たしかに飲んだぞ。)
私は、自分を夢遊病者と信ずるに至つた。眼に見えぬ悪魔の翼にはたきのめされさうだつた。
「酒の喧嘩なら止めて呉れ。音無の欲深爺から、巻きあげて来たばかしの酒手が、こんなにあるぞ。」
私は重い財布を卓子の上に投げ出すと、二人の男は有無なくそれを攫みとるやいなや、窓を乗り越えて梯子づたひで飛び出さうとした。
「酒を買ひに行くのか?」
「仁王門の椽の下で、音無の手下と、張り
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