であるが。――といふのは私は町で育ち、つい一両年前に、この村に私の家のあることを悟つて、止むなく移り住んだ者であつたから、不思議な村の云ひ伝へなどについては全然無知の徒であつたわけであるが――竜巻村には、毎年秋の終りの頃になると、私や音無が罹つてゐたやうな精神病の流行は常例だつたといふことである。あの怖ろしい風巻に怯える父祖伝来の血統が、村人一帯に流れてゐる故に、一名「吹雪病」と称ばれてゐるこの癲癇の一種に就いては村人は余り気にも掛けぬのであつた。然し、私の父祖はこの村の住民ではなかつたのに、何うして私に、そんな病が起つたのか、私はその因を求めるのに苦しむ次第である。)
それはさうと、外はそんなに円かな月夜であるといふのに、翻つて私の胸を窺ふと、不安の嵐がまたも新しく巻き起らうとしてゐるのであつた。――私は、やがて息を吹き返すであらう音無が、更に捲土重来の勢ひで、この宝物に飛びかゝるであらうことを深く心配しはじめたのである。
で私は、今のうちに蔵つてしまはなければならないと決心して、手早く鎧櫃の肩紐に腕を通すと、アツシユの槍を杖にして辛うじて立ちあがつた。喰ふものも碌々に摂らず、妄
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