も解らぬ風の神様のことだからな。おゝゝゝ、情けない、この不漁の上に、若しもこの家の屋根でも飛ばされてしまつたら……」
「おい、耳を澄して見ろ――風らしいぞ。」
「大変だあ……」
 音無は、矢庭に私に飛びかゝつて鎧櫃を奪ひとらうと猛りたつた。
「吹雪だ、吹雪だ!」
 と私は叫んだ。真実私の耳には、キクロウプスの口笛を想はせられる陰々たる吹雪の音が響くのであつた。――「これを、離して堪るものか。」
 すると音無は、
「もう駄目だ!」
 と唸つたかと思ふと、歯を喰ひしばつて仰向けに倒れた。そして泡を吹きながら、
「何でも関はないから私の上に、重たいものを載せて呉れ、飛んでしまふ/\、私の軽い体が……」
 と喚くのであつた。
 俺と同じことを云やがる――さう思ふと私は、斯んな慾深男と同病であるらしいのが酷く自尊心に関はつたが、その苦悶の切なさは同感に価するので、重い書物を次から次へ取りあげて、患者を埋めた。
 音無は、重石の下ですや/\と眠つたらしい。――改めて耳を傾けると、吹雪の音は全く消えてゐて、戸を開けて見ると、眺めも豊かな月夜であつた。
(これは、私がその村を遁走した後に初めて知つたの
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