泣き出したい心地で、そのまゝよたよたと河堤の松林を縫つて、家路を目差した。
 眼の先などは好くは見えないので、時々立ち止つては方角を定めながら、馬頭観音の裏手から橋の袂に現れた時であつた。
 突然、私は、私自身の方が吃驚りして、思はずバサリといふ大きな翼の音をたてゝ、飛びあがると、前にのめつて悶絶してしまつたのであつたが――突如、私の眼の先で、ぎやあツ! といふ死者狂ひの悲鳴が起つたのである。それを聞いて此方が悶絶してしまつたのだつたから仔細は判別出来なかつたが、程経て私は息を吹き返したから、兜を脱いでそのあたりを見聞すると、祠の扉が蹴破られてゐて、堂の中には、賽ころや銀貨や酒の道具が散乱してゐるのだ。そして、勿論、人影と云へば、賽銭箱の傍らに斜めに映つてゐる鎧姿の私の影より他は、皎々たる月あかりで虫の音も絶えてゐた。
「そんな因業なことを云はずと、一晩だけこの帰り路だけで好いんだから、是非ともそれを私に貸して呉れないか。」
 鎧櫃に獅噛みついた私の顔を覗き込むと、憐れな声を振り搾つて音無が掻きくどくのであつた。
「厭だ、厭だよう……」
「私《わし》はもう堪へられんのぢや、こんなシヤツ
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