ら、その長方形にくりぬかれた口腔から、私は外景を眺めることが出来た。すべて鎧は、その大きさで、草摺りは私の脛の半ば下まで垂れ、袖は腰を覆ふまでに深く蝙蝠の翼の如きであつたから、胴の中で私は外皮の鎧を動かすことなく、自由な身動きをすることも出来る程――それ程、その鎧兜は小男の私には不適当なものであつたから、
「これは失敗つたぞ――飛んでもないところへ出てしまつたのだ!」
と、私は気づいて、慌てゝ駈け戻らうとしたが、駈けるどころか、兜の両端を盥を被つたやうに両手でささへたり、スキーを穿いた脚のやうに毛靴の足どりを気遣つたりしながら、辛うじてよた/\と、がに股の醜態で歩みを運ぶより他は手もなかつた。
一体、それで、何うして、こんなところまで飛び出して来られたものか、それが、恰で夢のやうで、更に私は堪へられぬ不安を覚えた。(斯んな経験があるので私は、先刻の、屋上の騒ぎのことも未だ夢とばかりは信じられぬのである。ヒポコンデリイが嵩じて、夢遊病と進んでゐるやも知れぬ。)
こんな素晴しい月夜だと云ふのに、嵐の夢に襲はれて斯んな騒ぎを演じてしまふやうでは、これから先の冬の日が思ひやられる――私は
前へ
次へ
全34ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング