を潜めて、私の五体は今にも木の葉のやうにバラ/\となつて、人知れぬ虚空に飛び散るばかりなのである。何処に何う力の容れやうもない私は、見る/\うちに肉体が澄明となつて、幽霊に化してしまひさうな寒さに襲はれて、ぶる/\と震へ出すのだ。例へれば音無の親爺が、風巻に吹き飛ばされる屋根の姿の、被害妄想に苛まれてこの如く激しい恐怖性神経衰弱に駆られてゐる有様に、私のそれも等しいもので、私はやがて暴風の海上に弄ばれる小舟の中の人のやうに狂ひ出して、机に、ベツドに、柱に――と手あたり次第に獅噛みついて、ゑんゑんと救けを呼んだ。
「誰か来て呉れ、吹き飛される/\!」
私は悲鳴を挙げながら虚空をつかんで床に転倒すると、屋根おさへの石を想像しながら、あれらの重量たつぷりの辞書や物語本の数々を、胸となく腹となく顔となく――ありつたけを五体の上に積みあげて、凝つとその下で息を殺してゐるのだが、竜巻の唸りが轟々と増々激しく耳を打ちはじめると、(それは悉く神経のせゐであつた――未だ風巻の季節には間があるのだが、音無の親爺も云ふのであるが、耳の底に不断に怖ろしい吹雪の音が聞えると、生きた心地を失つてしまふのだ。)更
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