たものゝ由で、私は幼年の頃、その具足を着た祖先が何々の合戦に出陣したといふ紀念日が来ると、恭々しく人型をつくつてそれが床の間に飾られて、祖父の先達で私達はその前にひれ伏させられた宝物だつたが、其処此処に散乱してゐる奇怪な書物の数々と共に、憂鬱病患者の私にとつては生活上の糧にも等しく、一刻たりとも我身の傍らから切り離すわけにはゆかぬ代物であつた。
「駄目だ。こいつだけは貸すわけにはゆかないぞ。」
言下に拒絶すると、私は血相を変へて鎧櫃に抱きついた。
思ひ出すまでもない――それは昨夜であつたか、十日も前であつたか、また幾度び繰り返されたことか、すつかり昼夜の差別を忘れてゐる私には見当もつかぬのであるが、いつも眠らぬ真夜中のことである。
風が吹いてゐる――点けても/\ランプの灯は吹き消されて、机の上に開かれてゐる書物は、隙間から忍び込む風に翻弄されて暗闇の中でハラ/\と鳴つてゐる。――私は闇を視詰めて頬杖を突いてゐるのだ。
止め度もない悒鬱と不安の吹雪が、私の魂を寄る辺もない地獄の底へ吹き飛す勢ひで、颯々と吹きまくつてゐるばかりなのである。あらゆる自信と感覚といふが如きものが、全く影
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