が近づくと、門先に鎮西八郎為朝の家と筆太に誌した表札と、平家蟹の甲羅を荒武者の顔と擬して、眼口を描いて掲げるのが慣ひであつた。云ふまでもなく、それは「吹雪男」に対する威嚇の表象である。村うちで、その表札と仮面を掲げぬ家は、私の住居一軒だけであつた。突然、そんなことも、私の頭に畏怖の稲妻を閃めかせた。
真昼間かと思つてゐたのに、外は徐ろに揺れはじめる気合ひの風を湛へた黄昏時であるのに、私は驚いた。
……それにしても、さつきの騒ぎは夢であつて呉れたならば、この不安の度も減ずるであらうが――と私は念じながら、声の方をすかして見ると、池のふちに真つ黒い男が、ぬつと立つて、震へてゐた。そして、Witch−elm の枝のやうに力無げな腕を風に吹かせながら、頻りと人をさしまねいてゐるではないか。
(死ぬ覚悟だ!)
さう呟くと私は、自分ながら不自然気に見える落つきが涌いて来て、思はず脚もとにとり落してあつたアメリカ土人のアツシユの投槍を拾ひあげると、
「穂先は潰れてゐるから当つても死にはしないが、打身の傷手を与へて気絶させるには充分の力がこもつてゐるぞ!」
と悸《おど》した。
「化物ぢやない、
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