に事寄せて私を誘ひ出して、復讐の水雑炊でも喰はさうといふ敵の魂胆かも知れないから、先づ、白々しく眠つてゐた素振りを示して相手の様子を見究めた後に、新しい覚悟を決めねばならない――と留意したのである。
 また私は、噂に聞く「吹雪男」の出現かしら? と気づくと、にわかに体中に激しい胴震ひと歯の根も合はない頤ばたきが巻き起つて来た。
 ――昔から、この村には怖ろしい「吹雪男」の伝説が流布されてゐた。それは恰度雪深い国の「雪女」の迷信に比ぶべき話で、風巻の季節になると、森蔭や河原のふち、或ひは池のほとりに、烏天狗に似た大男が何処からともなくぬつと立現れて、人を呼び、生血を吸つて、骨はばら/\にして風に飛ばしてしまふのである。だから、この季節が近づくと人々は、この上もなく、この吹雪の精の迷信を怖れて、昼間といへども独り歩きをする者とてはなかつた。吹雪の精は、主に孤独の男をひつとらへるのだ。
 然し、今時はもうそんな愚かな伝説を信じるやうな愚民は次第に影をひそめて、寧ろ滑稽な話として冬の夜の炉端の笑ひ草となつてゐたが、不図私は総身に粟立ちを覚ゆる位ゐの恐怖に襲はれたのであつた。――何処の家でも、冬
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