盗賊でもない、私は音無の大尽だよ――突風に外套の翼を煽られて、池に落ちたこの家の持主だよ。」
屋根おさへの石運びを、手下の者に命じたところ、ほんの三つばかりの石を運びあげたかと思ふと彼等はもう怠けはじめて、屋根の上で賭博をはじめてゐるではないか、三つの石でこの家根が圧へられるものか――と思ふと自分は大変心配になつたので、とるものもとりあへず駈けつけたまでは好かつたのだが、梯子を昇り、いざ奴等に罵りを浴せようとして、最初の声を一つ放つたかと思ふと、あまりの亢奮の極自分は上向態にもんどりを打つて池の上に転落したのである……。
「憎い二人も私の姿を見るや大きに慌てゝ、裏の川へ飛び込んだのは胸がすいたが、奴等は私の姿を見出した時、仕事をしてゐる風を装はうとして突然に夫々一つ宛の石を持ちあげて――そのまゝ、石もろともに遁走してしまつたのだ。だから、もう屋根には石は一つより残つてゐない筈だ。――あゝ、案ぜられる、風が出て来さうではないか、屋根が飛んでしまつたら私は、死ぬよりも辛いぞ!」
と音無は震へながら煩悶した。
(では、やはり、あれ[#「あれ」に傍点]は夢だつたか。)
未だ半信半疑だつた
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