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納涼み過ぎて恥かしく成る糺川
戸口にて傘の雨きる寒さ哉
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 などあり、また尼は、修業の傍ら陶工に耽り、その句に
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百ばかり急須造りて年の暮
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 ともあるが如く、今も蓮月焼と称する一種の古朴なる陶型は存せり。
 尼は、常に壬生寺の地蔵尊を信じ、真言の日課をなせど、その本尊は伏見人形にして、夫も屡々代り、或は柴を戴く大原女、また或時は富士見などあり、然もかゝる本尊は、時を経れば小児等に与へられしとなん。或る人之を見て、相好円満の地蔵尊を与へしに尼は、却て之を喜ばず、仏尊は執心掛かりて、修業の妨げとなれば、他の物数奇の人に与へ給へとて、享けざりしといふ。
 ――などゝ読んで来ると、にはかに自分の五体はカーツと熱くなつた。自分は、怖ろしいものに殴られでもしたやうにガバと夜具を頭からかむつてしまつた。
 この発作が稍収まつた時に自分は、真ツ暗な夜着の中で呟いた。……(あゝ……、これで自分は文科大学生だつたのか! 止めるんなら、今のうちだ。――まだ家人には話してないが今年の修業試験で自分は、まんまと落第して
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