引きうけた、車は直ぐに回せるのか。」
 チヨツ! 耳ざはりだな、――好い加減に止めないかな、阿父さん! 僕は、今折角気分が、月に走り始めたところなんだからさ、少しの間、静かにしてゐて下さいよ。

          *

「まア、煙草の煙りで一杯だね。」と云ひながらカル子が自分の部屋に入つて来た。これから起き出てみようと思つてゐたところである。電灯が明るく点つてゐた。
「夜だぜ。」
「好いんだよ、今晩は。遊びに来たの。」
「迷惑だな、これから勉強に取りかゝらうとしてゐるんだのに。」
「悦んでゐるくせに――」
「…………」
 自分は、壁へ眼をそらした。ほんとうに迷惑な気がしたのである。
 カル子は、自分の机の前に来て静かにしてゐた。自分は、其方を向かなかつた。
「まア、偉さうなことを書いてゐる。これが勉強なの。」
 カル子がくす/\と笑つた。書き散しの紙が其処に置いてあつた。
 別段、自分は、慌てもしなかつた。前の晩に、何か詩を書かうと企てたのだが、勿論何の言葉も浮ばないので、徒らに丸や四角や三角を書き散して置いたのだ。
「偉いだらう。」と、自分は落ちついて云つた。
「中学生の試験のおさ
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