がな……やア、素晴しい鼾声だな、こゝまで聞える、親父の鼾声が! さぞ、好い心地で眠つてゐることだらうな。
「ほら……ゴロゴロと喉が鳴つてゐる――馬鹿にしたくなる音響だな!」
いや、自分も大分酔つて来たぞ。
――えゝツ! 斯んなものは破つてしまへ! 気障な! ペンも、そつちの方へ投げてしまはうか。
「おやツ!」
――「それぢや駄目だよ、そんな法ツてあるもんか、下手だなア、酷え目に遇つちやつた、山の方はどうなるんだい、松の木だアぞう……」
(なアんだ、またいつもの親父の寝言か、吾家の者は皆な寝言を云ふ癖があるんだが、あれは頭の悪い証なんださうだ。それにしても親父の寝言は、莫迦にはつきりしてゐるな!)
自分にも寝言の癖があるさうだ。そのうち一つ寝言と云ふ題で詩を書いて見ようかな? 「寝言」なら書けるかも知れないぞ、自分にも。
――「さうかねえ、松の木は確かなんだ! ……」
まだ、親父は続けてゐる、何んな夢を見てゐるんだか知らないが、親父の寝言だけは詩にならない。
今宵は、月が美しい。この熱い顔を、斯うして窓の外へ突き出してゐると、魚のやうに呑気だ。
……「よしツ、あの山は俺が
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