。波の音は、無い。
 静かだ。――少数の同人は、皆な安らかに眠つてゐる、鼾をたてる者も無い。
 この次の満月が、十五夜なのかしら。十五夜には、友達を招いて月見の宴を張らうかしら!
 ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]が、切りに鳴きはじめた。もう、間もなく夜が明けるのかな?
 自分が持つてゐるペンは、さつきから無暗に、あの三角や四角や立方体を書いてゐるうちに、わけもなく、規・矩・準・縄などゝ書いてゐた。円くするブンマハシ、四角にする定木、平坦にする定木、直くする器!
 自分は、気づいて、赧くなつた。
 そして、もう外が薄ら明るくなり、勤勉な牛乳配達の車の音を耳にしながら、机に伏して呟いた。――(……何と思つても、もう俺には行き処もなくなつたか! 山の材木工場? も無い。)
 何となく、十五夜が待たれる。
 さうだ、その時は、母の家へ帰つて、月見をしよう。そして、昔のやうな、父が外国へ行つて留守であつた当時の自分達が、月見をした通りな、一夜を過さう。

          *

 近頃、夜を極めたのは珍らしい。若しかすると、これが源で昼と夜が転じてしまふかも知れない――いや、大丈夫
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