たから、トン子ちやんでも呼んで騒がうぢやないか。」
「ひよつとすると今晩あたりは、また阿母がやつて来るかも知れないよ。」
「えツ!」
「さうしたらね、お蝶さん、僕は、急に態度を変へて阿父さんと喧嘩を始めるかも知れないからね、そのつもりでゐておくれ。」
 斯う云つて卑し気に口を歪めた時彼は、ふつと母が堪らなく慕しくなつた。そして彼は「まさかね、それほど僕も不良青年でもないさ。」と、静かに附け加へて、お蝶を白けさせたり、父の顔を曇らせたりした。……
「君は、この頃酒を止めたといふ話ぢやないか、それとも相変らずかね。」と、退屈さうに云つたのは志村だつた。
「酒位ひ何でえ! 止めようと、止めまいと、俺ア、そんなこと……」
「俺ア、酒の為に命をとられたつて平気なんだ。死んだあとで一人でも泣く奴があるかと思ふよりも、彼奴が死んで清々と好いと思はれた方が余ツ程面白いや。」
 よく父は、そんなことを云つた。
「僕ア、さうぢやないな。僕は、別段酒飲みぢやないが、若しもつと年をとつてから、酒を止めないと危いよ、と云はれゝば直ぐに止めますね。」と彼は、父の健康を慮つて云つたことがある。
「今ツから酒飲みの
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