うむ、あまり馬鹿にして貰ひたくないものだ。」
「いつ、あたしが、あなたを馬鹿にしましたよ……ひがみ!」
「それが嫌ひなんだよう。」と彼は、叫んだ。さう云つた彼の声は、従令どんな種類のものであらうと「素晴しく大きな希望に炎えてゐる」人の声ではなかつた。
「見てゐろ!」と彼は、云つた。
「ちつとも怖くはない。」
「手前えんとこの奴等は……」
見てゐろ! と、彼が云つたのは、たつたそれだけの意味だつた。漠然とした大きな希望に炎ゆるのは快い――折角の夢が直ぐに斯んなところで浅猿しく崩れた。
今までなら彼女は、自分の家の悪罵に会ふと立所に噛みついて来たのであつたが、次第にマンネリズムに陥つた今では、何と彼が悪態をつかうとも、平気になつてしまつた。――「あなたが、いくら口惜しがつて、暴れ込んだつて、家《うち》のお父さんの方が余ツ程強いからね。賢太郎だつて、あなたよりは力があるから……」
暴れ込むぞ! などと彼が云つた時には、彼女はそんなに云つた。
「何だ、あんな爺! 俺よりもずツと脊が低いぢやないか!」
「でも強いのよ、――五人力なんですつて。」
彼女の父は、以前に酒乱の癖があつたさうだ。
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