一員であつた頃、五六年も前の事なのだが、今と同じく無感想だつた彼は、一度もその欄に筆を執つたことはなかつたが、その六号感想欄には、毎月それに類する亢奮の言葉が、多くの同人達の筆に依つて花々しく羅列されてゐた。
「大きく……力のこもつた……。どうせ俺は、田舎育ちの野暮な人間である……」
「…………」
何を云つてゐるのか、と周子は思つた。好く酒飲みの友達などと彼が、好い気になつて喋舌つてゐるところを、この頃狭い家にばかり住んでゐる為に、厭でも見聞させられるのであるが――やれ、彼奴は田舎ツペ、だとか野暮臭い奴だなア! とか、田舎者の癖に生意気だ! とか、誰のことか解らないが、そこに居ない人の噂に違ひない、そんなことを喋舌ツて卑し気な笑ひを浮べたことがあつたが、そして彼女は、一層夫に軽蔑の念を起したことがあつたが、今更、彼の独言にそんなことを聞いても、反つて肚立しい思ひがするばかりであつた。――気の毒な気さへした。
「どうしたの? 務めでもするつもりなの?」
「何をするか、解らない。」と彼は、重々しく呟いだ。――「素晴しく大きな希望に炎えてゐるんだ。俺も一人の人間として生れて来た以上は……、
前へ
次へ
全109ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング