から、行つてくれ、一処に。ひとりぢや厭だ、厭なんだ、さつきから云つてゐたことは、ありやアみんなカラ元気なんだ、あゝ……」
 ――しやア/\と、洞ろな眼つきで口笛を吹いてゐた彼の眼から、ぽた/\と涙が滾れ出た。……しまつた! と、彼は気づいたが、面白いやうにハラ/\と涙が滾れ落ちた。
「…………」
 ふツと気づくと眼の前に居る母の眼にも、涙の珠が光つてゐた。まだ、彼は、母のそれをキレイに、感じなかつた。そして彼は、自分で自分を「邪魔」にした。

[#5字下げ]四[#「四」は中見出し]

 雪が降つてゐた。
 彼は、隙間のないやうに無数の鋲で、三方の幕をしつかりと圧えた。――静かな午後だつた。賢太郎が拵えかけたカーテンは、短かゝつたので、悉く白い布に取り換えたのである。
 風がなかつたから、湿つた布は凝ツと、この変梃な部屋を取り囲んでゐた。彼は、行火に噛りついて、トランクの中から取り出した金製の古いカツプで、チビチビとウヰスキイを舐めてゐた。
 ――「それぢや、原田では、この先き如何するんだらう、家《うち》がなくなつては?」
 いつか彼の母は、この家に就いて一寸斯んな心配を洩したことがあつ
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