は、斯う云つて見得を切つた。――。
「安心しろよ、何だい、べそ/\するない、ぬすツとらしくもない。」
「阿母だつて、寂しいだらう、親父にはさんざ憂目を見せられ、そして俺が、俺が……俺は、阿母は好きなんだ。顔だつて、心だつて随分俺は、阿母に似てゐるぢやないか!」
「よし/\もういゝ/\、お前は、名前のない人間なんだから愚痴を滾す必要はないんだよ。」
「それでも、いゝか? ほんとうに。何かにつけて不便なことがありやしないかね。」と、彼は絶へ入りさうな声で念をおした。
「そんなことは、俺たちの狭い世界だけの話だ、お前は独りでさつさと歩いて行つて関はないよ。」
「いよう! 君は、随分、度量が拡いんだね。――いや、有り難う、ぢや、失敬するぜ。」
「うむ。」
「ぢや、さよなら。」
「早く行けよ。」
「今、行くよ――握手しようか。」
「そんなことは御免だ。さつさと行つてくれ、少し焦れツたくなつて来た。」
「俺、何だか行くのは厭になつた、急に。」
「女のやうな奴だな。」
「厭だ/\、俺ひとりぢや、やつぱり寂しいや、せめて君が……」
「それぢや何ンにもなりやアしない……」
「何ンにもならなくなつても好い
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