た。
「どうするのかね……」
「割合に大家内ぢやあるし――」
「原田の親父は、この頃何ンにも仕事がないんださうですぜ。」
「まア、気の毒な――」
あまり気の毒らしくもなく、彼の母は苦笑を洩した。その後彼が、この家に就いて周子に訊ねて見ると彼女は、
「うちのお父さんが、また買ひ戻したんですツてさ。だから今度は、あたし達は相当の家賃を払はなければならないでせうね、うちのお母さんが、時々あたしにそれとなく云ふわよ。」などと云つた。原田は、この頃一文の収入もないといふ話だつた。
「毎日あんなに忙しさうに出歩いてゐるのに、一体何をしてゐるのさ。」
決して訊ねたくはなかつたが彼は、彼女に、軽蔑的な笑ひを見せて訊ねたりした。
「人が好いから駄目なのよ、うちのお父さんは――」と、彼女は云つた。
「未だ半月しか経たないんだから、金はあるだらう、あの?」と、彼は云つた。引ツ越しの時前の借家の敷金を三百何十円か、彼女は彼に断りなく領してゐることを、彼は知らん振りをしてゐたが、忘れてゐたわけではなかつた。
「ホツホツホ。」と、彼女はわざとらしい下品な笑ひを浮べて「随分、あなたは細いのね。――もう三十円ぽつ
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